ヴィランズ(悪役たち)に感謝

会社の中で自分がやってきたことが、人事異動で取り上げられてしまった。仲間と一緒にやってきたこと。いろんな展望を持ってやってきたこと。それを組織の枠組みで自分はできなくなってしまった。後任は再雇用の60近い年配の方。自分がやってきた世界をそのまま引き継ぐのは大変だと思う。申し訳なさもあった。けれども、年配の頭が凝り固まったその方は、とっても高圧的で周りに総スカんをくらってしまった。いきなり入ってきて、そこにいた仲間を批判しはじめてうまく回らなくなってしまった。

 その仲間たちと自分が話すことは、年配のその方の批判。だってその方が明らかに色々なことをおかしくしているからしょうがない。最初は同情もあったけど、自分のやってきたことを台無しにしていくことの悔しさ。

 それが健全かどうかは分からないけど、その方のどうしょうもなさを話していると、仲間との結束が強くなっているようにも感じる。

「敵の敵は味方」なのか。僕らが好きなほとんどのお話はやっぱり悪役が出てきて、戦ったり、関係を解決する過程を楽しむ。悪役がいないといろんなストーリーがなりたたない。

 悪役を演じる人たちは、本当は「あえて」演じてくれているのかもしれない。みんなの人生を豊かにするために。

仲間とはしっかり関係を作っていくけれど、愛すべき「悪役」たちには敬意を感謝の念を持ちたいと思う。

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